「どう言う事ですか!!」
「何なんだそりゃ!!」
事の次第を聞いた志貴と士郎が同時に叫ぶ。
戦況もようやく好転の兆しを見せ、反攻の準備、機運も高まりつつあった所にこの凶報だ。
どれ程温厚な人物であろうとも激怒するのは当然であった。
それでも、一度叫んだ事で落ち着いたのか志貴が現状を尋ねる。
「それで師匠、先生、現地の様子は?」
五十『反攻』
「イスタンブールについては撃退し、武装組織の一部を捕虜として捕らえたが、中東各国は目下の所大混乱だ。政府軍も鎮圧に躍起になっているが、自爆テロ等で過激派も応戦している。その余波はインドにまで及んでいる。この調子だとイスラム教圏全域にこの混乱が広がるのも時間の問題だ」
「捕虜からは何か情報は?」
「いや、何を聞いても連中、狂ったように『異教徒を殺せ、異教徒を殺せ』って喚き続けているらしい。あまりの五月蝿さに辟易したエレイシアが猿轡を噛ませて黙らせた。ただ」
「ただ?」
「エレイシアの話だと捕らえた捕虜全員に強力な催眠・・・いや魔術を用いたと思われる洗脳や暗示の痕跡を確認したそうだ。私も確認したがかなり強力な・・・そう、ギアス並の暗示を」
「穏やかじゃありませんね。洗脳やら暗示って・・・」
「そうなると・・・これは『六王権』が」
「安易に即答は出来ぬ。現状ではその可能性があるとしかな・・・エレイシアらがその暗示を解除して改めて情報を引き出すそうだが、今は情報が乏しい」
「それとアメリカだけど、こっちはこっちで酷いものよ。至る所で、白人だから、黒人だから、イスラムだからキリストだからで殺しあっているわ。大都市圏は軍隊まで投入してかろうじて治安を維持しているけど田舎辺りだとどうなっているのかわかったものじゃないわ。連絡を取ろうにも現地とは連絡が途絶している所為で何を判らない。正直、無法地帯になっている可能性も否定出来ないわ」
「この狂騒尋常じゃない・・・アメリカも」
「ええ、現に捕らえた奴から話を聞こうにもさっきのイスラム過激派と同じで『白人を殺せ』、『黒人を殺せ』、『異教徒を殺せ』『邪教を滅ぼせ』の一点張りよ。十分関与の可能性があるわね」
「かろうじて治安を維持しているとの事ですが都市圏でも安全ではないと」
「都市圏ですら武装しないで出歩くのは自殺行為よ。ちょっと警察や軍隊の眼の届かない場所じゃ殺人、強盗が多発しているわ。しかも犯罪者ですら一人で外に出ようとしないって言うんだから重症の極みよ」
突然の凶報、そして予想を遥かに超えて悪化している現状に一堂言葉を無くす。
「それで師匠、反攻作戦は」
気を取り直して志貴が尋ねる。
「規模や計画は縮小されるが、予定通り実施される。ただ、アフリカ反攻部隊は騎士団、『彷徨海』、アトラス院が主力だったがイスタンブールの治安維持の目的で『彷徨海』が一部、残留する事が決定している。だが、その代わり、ロシア方面では当初の予定通り、ロシア軍を主軸とする国連軍と『彷徨海』の魔術師部隊、ロシア正教の代行者がまずモスクワ奪還に動き出す。『時計塔』も当初の予定通りの規模で動く事になった。だが、アフリカ方面の規模の縮小で動き出す時期には遅れが生じる事は確実視されている」
一先ず反攻作戦自体は予定通り実施されると聞き軽く安堵する。
「だが、国連軍、特にアメリカ軍は大きく・・・いや、殆ど削減されると見ていいだろう。何しろ本国で内乱が起こったのだ。内乱の鎮圧に全力を注ぐだろう」
「では師匠アメリカ軍の代替は?」
「EUの連合部隊とカナダ軍がある程度は肩代わりするだろうがそれでも限界がある。中南米諸国に協力を要請する案も出ているらしいがそれも上手くいくか・・・」
「分が悪いですね。特に南米は歴史的に見てもアメリカに搾取され続けてきました。反米の土壌は整っています」
「ああ、現に南米各地で反米運動が気勢を上げている。中には国家ぐるみで反米活動を行っている。メキシコは可能かも知れぬがそれより南になれば何ともいえぬ」
「・・・アメリカも予想すらしていなかっただろうな。自分達の行いがこういった形で仇になるとは」
「正確に予想出来たとしたら怖過ぎますよ。それに人間上手くいっている時ほど上手くいかなかった時の事なんて考えないでしょうし、考えたくないものです」
「一理あるな。そうなると俺達もまた動く羽目になるか?」
「十分考えられるわね。志貴は論外だけど士郎には『時計塔』がまた泣き付いてくることは十分考えられるわ」
とそこへ
「そう言えば士郎『時計塔』と言えばバルトメロイの件はどうなった?」
ふと思い出したようにゼルレッチが士郎に尋ねると当の本人は陰気な笑みを浮かべた。
「ああ・・・その件ですか・・・は、ははははは・・・」
「し、士郎?」
「あ・・・ら?老師、何か聞いちゃいけない事士郎に聞いたんじゃ・・・」
突然噴き出した士郎の陰気な空気と暗い笑みに後ずさる。
眼の見えない筈の志貴ですら士郎から既に離れている。
「いや、良いですよ蒼崎師・・・師匠、男が女を拉致して監禁、性的暴行を加えれば問答無用で犯罪になるでしょうけど逆の立場だと犯罪になるんですかね・・・」
「・・・もういいぞ何も言わなくて・・・ご苦労だったな・・・色々と」
「まあ、俺も最終的には愉しみましたから・・・それに凛達にばれずに済んだのも幸いでしたから・・・」
何かを悟ったような諦めたような複雑な声を士郎は発するのが精一杯だった。
規模は縮小され、計画は遅れに遅れたがロシア、アフリカからの同時反攻作戦『モンゴル』が発動されたのは九月も終わりに近づいた頃だった。
当初は九月中旬には開始される筈が此処まで延期を余儀なくされたのは、アメリカや中東で現在も続く内乱の為だった。
あの後もイスタンブールへは勿論、中東側から地中海奪還の重要な位置にあるイスラエルにも頻発の攻撃が加わり、その激しさに当初地中海からもイスラエル海軍を主力として反攻に出る予定が取り止められた程だった。
更にアメリカでの内乱は日を追う毎に規模も戦闘も膨れ上がるばかりで鎮圧の兆候も見られない。
ありふれた街の一角に存在する平凡な住宅街ですら、ふとした拍子に隣人同士が銃撃戦を始め、戦場と化すほどアメリカ全土の空気は緊迫していた。
何しろアメリカは世界でも類を見ないほどの銃大国だ。
その建国の歴史を見ても独立戦争、西部への開拓と国土の開発、拡大には常に銃が共にあった。
その経緯ゆえにアメリカは銃と共に生まれ育ち、国民は一人一人が銃を装備していると言っても過言ではない。
それが今回の内乱を此処まで大きくした要因だった。
拳銃や、ライフル、ショットガン、酷い場合にはマシンガン、極めつけは軍から流出したアサルトライフルでの銃撃戦が至る所で発生し、そのたびに死傷者が量産されていく。
また治安の著しい悪化に伴う犯罪は激増し、中には銃器目的に警察署を襲撃する事態に至っていた。
もはや、ほんの三ヶ月前までの世界でも屈指の先進国であったアメリカ合衆国は最貧国でも足元に及ばないほどの超犯罪国家に変貌していた。
この治安改善の為、アメリカ政府は国内は勿論在外部隊までも本国に召還し暴徒の鎮圧に乗り出した。
この為にアメリカ軍は『モンゴル』作戦には一部空軍を除いて全て不参加となり、その穴埋めをEU残存部隊とカナダ軍、そしてメキシコ、ブラジルを始めとする中南米連合軍が担う事になった。
中南米連合と言っても主に参加したのは比較的親米の立場を取る国のみで中立派の国は後方支援のみ、反米国は参加を拒否した。
特に過激的な反米の立場を取るキューバ、ベネゼエラ、エクアドル、ボリビア、ニカラグアは参加拒否に際してアメリカや国連が飲めない参加の要求を次々と突きつけ、完全に足元を見ていた。
参加した国としても苦しい所だった。
中南米の反米感情は民衆レベルの域にあるので反対の声も決して小さくない。
『なぜ我々がアメリカの代わりに血を流さなければならないのだ』と上がる声は増えつつある。
その現状を考えると中南米連合軍には無理な犠牲を強いる事は不可能と言うのが国連の見解だった。
ともかくも『モンゴル』作戦は開始されまずはカイロより出発したアフリカ解放部隊とウラル連邦管区中心都市エカテリンブルグから進発した、ロシア解放部隊が東に進路を取る。
双方共進軍は順調に進んだ。
何しろ占領地には『六王権』軍は影も形も無かった。
撤退した時に置いて行かれた極少数の死者がいた程度でそれらを文字通り粉砕して突き進む。
十月半ばにはアフリカ解放部隊は北アフリカ全土を解放、ジブラルタル海峡を超えイベリア半島に上陸。
同時期にはロシア解放部隊は首都モスクワを奪還。
アフリカ解放部隊はスペイン南部の中心都市セビーリャを解放した所で進軍を停止させ、南ヨーロッパ解放の拠点に整備を始める。
ロシア解放部隊もモスクワで進軍を停止しモスクワの復興着手。
及びモスクワに東ヨーロッパ方面解放軍司令部を置き戦力再編と今後の進軍ルートの検討に入った。
反攻により人類側の反撃は実を結ぶかのようにこの時は誰しもが思われた・・・
連日新聞を賑わす反攻作戦。
気の早い新聞には戦後の事やテロリスト『六王権』が逮捕された時は等まだ戦争は終わっていないのに終わったかのように騒ぎ立てていた。
「テロリストね・・・ままこっちの方が色々と通りは良いんだろうけど」
新聞をたたみながら凛が零す。
「仕方ないわよリン、本当の事を知ったら大パニックが起こるなんて火を見るよりも明らかよ。国連の軍にだって戦闘に参加した後は必ず記憶処理を行っているんだから」
それに紅茶を飲みながら返答したのはイリヤ。
「お嬢様お代わりは?」
「ありがとうセラ。もう良いわ」
「それにしても・・・私達は何時までここに待機するのでしょうか?」
とそんな事を呟いたのはアルトリア。
そう、凛達はロンドンにいた。
名目上は復興途上のロンドン魔道要塞の防衛の為。
まだ復旧もままならない要塞の防衛力を補ってほしいと懇願されての事だったが、その本音は別にあることなど全員当の昔に察知していた。
「私達の事は本当に邪魔のようですね協会は」
バゼットは溜息ながらに呟く。
今までの戦いぶり、さらには戦闘力から判断すれば本来はドーヴァー海峡から欧州本土に上陸するイギリス方面解放部隊の主力を『クロンの大隊』と共に努めるべきだった。
だが、現実には解放部隊は『クロンの大隊』を主力とし、イギリス軍を主軸とした国連軍が補佐に当るが、凛達の代わりに部隊に加わったのは協会の魔術師、それも今まで院長ら上層部護衛を名目として一度も前線に立たなかった連中ばかり。
それをしなかった・・・むしろさせなかったのは協会側の人間・・・具体的には協会の自分達の息がかかった人間・・・に武勲を与えたいと言う協会・・・正確には一部上層部の思惑だった。
「だが、我々はもとよりエミヤ殿までも抜いて『六王権』を倒せると協会は信じているのか?」
「信じているのではない。信じたがっているだけじゃよ。戦いにおいてこういった輩が一番傍迷惑なんじゃがのう」
ディルムッドの疑問にイスカンダルが皮肉を交えて返答する。
「まあ宜しいのではなくて?前線には『クロンの大隊』もバルトメロイもいます。よほどの事が無い限りどうにかなるでしょうし」
ルヴィアが落ち着いて・・・正確には匙を投げている・・・結論を出す。
「バルトメロイといやあ・・・士郎大丈夫か?」
ふと思い出したようにもらしたセタンタの一言に全員押し黙る。
何しろつい一月前までは殺すと宣言していた相手に今度は子作りを要求してきたのだ。
それもここにいる女性陣の半数が気になっている人物のだ。
今の所当のバルトメロイは不気味に沈黙しているが、気になるという方がどうかしている。
「大丈夫よ。一応、桜にも連絡は取っているけど特に異常は無いし」
半ば虚勢を保つように凛が断言する。
それでも不安は尽きないが。
凛達の不安は悪い意味で的中していた。
ほぼ同時刻、衛宮邸では
「ほう、中々の美味・・・エミヤお替りを頂きたいのですが」
そう言って茶碗を士郎に突きつけるのは他ならぬバルトメロイ。
そう、彼女は転移を駆使して急用が無い場合はこうして士郎の元に入り浸っていた。
元々家が家なので、こういった家庭的なものに彼女は興味など無く、それを体験した時我慢出来る耐性も存在していなかった。
初めて押しかけて以来、衛宮邸を気に入ったのかほとんど毎日のように食事を貰い、機会を見計らっては子作りを士郎に強要する事すらあった。
それに達観した表情で茶碗を受け取り、ご飯をよそおい差し出す士郎。
彼としては突然押しかけてきたバルトメロイを問答無用で追い出すのもどうかと思い家に上げて食事まで出した事、そして勢いに負けてバルトメロイを抱いてしまった事に今更ながら後悔していた。
そんな士郎を心底面白そうに見ているのはレイ。
彼女にしてみれば士郎の弱みを握れるし、二人が事に及べばそのお零れを頂く事も出来、損となる事は絶対にない。
その為に桜やメドゥーサにばれない様に、メディアやカレンをも抱きこんで色々と工作もしている。
「だが、いいのかバルトメロイ?いよいよ協会も欧州に上陸するんだろう?その時に前線の総司令官がこんな所で油を売っていて」
若干の嫌味を込めて疑問を口にする士郎に対してバルトメロイは
「別に構いません。どの道一度敗北するでしょうから」
さらりととんでもない事を口にした。
「え?」
「エミヤ貴方も知っているでしょう?協会・・・正確には一部の愚か者が自尊心の為英霊達を前線より遠ざけたのを」
その事は先日バルトメロイの口から聞いた。
それを聞いた時、士郎にはもう呆れすら出てこなかった。
「英霊達の代わりに出てきたのは実戦の経験も録に無い魔術師ばかり・・・いえ戦闘の経験はあるでしょうが今回のような戦争の経験は皆無な連中です」
魔術師同士の戦いは決闘の趣が強い。
あくまでも真正面からの正々堂々とした魔術での戦い、だが、戦争は違う。
奇襲、不意打ち、だまし討ち、勝つためならばどの様な手段も認められ、勝てば賞賛されるそれが戦争だ。
安全な後方に今までいた魔術師達にそれを理解しているとは思えない。
「大隊のメンバーやイギリス軍がそこを教え込んでいますが、正直それを理解しているとは思えません。最悪暴発して勝手に中央に侵攻するかも知れません」
「なるほどな・・・だから一度敗北すると」
「はい、まあ正確には敗北して欲しいところですが。身の程知らずには良い教訓です」
仮にも味方に対して酷薄に切って捨てながら、湯のみに注がれた緑茶を実に美味そうに飲み干す。
「私としてはヨーロッパ南部の解放部隊と合流するまで、こちらはフランスの解放に全力を注ぐべきだと考えています」
「なるほどな。確かに」
バルトメロイの考えに士郎も賛意を示す。
「ただ、それを上が認めるかどうか・・・」
「難しいのか?」
「ええ、院長は慎重派ですが、他は協会の立場を強化させようと・・・そしてそれをなした自分の出世の為に躍起になっています。その為には功績が必要なのです。エミヤ、貴方以上のそれが」
「・・・人の欲望ってのは強いよな・・・」
「欲望自体は悪くは無いわよご主人様。欲望があってこそ人は発展と進化を続けてこられたんだから」
そこに今まで黙っていたレイが口を挟む。
「そこは真実か・・・」
「さて、今日もご馳走になりました。本来であればこれから直ぐにでも私を孕ませてもらいたい所ですが、まもなく会議も始まりますのでこれで失礼します」
「そうなの?残念せっかくまたお零れを頂けると思ったのに」
「勘弁してくれ・・・」
ただでさえ何時、桜やメドゥーサにこの事がばれるかと思うと冷や冷やものだ。
もしもこの事がばれれば、芋づる式に子作りを行っている事も判明するだろう。
そうなればまさしく身の破滅だ。
だが、幸い、いや不幸にしてこの事が判明するのはもうしばらく後の事となる。
こうして満を持してドーヴァーよりイギリス解放部隊がフランス、カレーに上陸したのはそれから半月後、十一月初めだった。
まずはフランス首都であるパリを目指し進軍する筈だったが、此処でバルトメロイの予測が現実のものとなる。
一部部隊・・・要は協会の魔術師部隊が命令を無視して、東に進路を取りベルギー首都ブリュッセルを目指し始めたのだ。
明らかに功を焦っている。
慌てて止めようとするがそこに南部から死者の小集団が接近との報告を受けてやむなく追跡を断念。
死者を殲滅した後ようやく追跡に移行したが、その先で彼らが見たのは信じがたい光景だった。
首を切断され周囲一帯を血の海として死んでいる魔術師部隊の成れの果て・・・
そしてただ一人生き残った生存者の話を聞き更に困惑を深めた。
曰く、『突然全員の首が何の前触れも無しに落ちた』と・・・